関羽と曹操はただならぬ関係!?国を超えた友情

関羽と曹操のただならぬ関係

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三才絵図における曹操:wikipediaより引用(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%B9%E6%93%8D)

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京劇俳優が関羽に扮した姿:WikipediaCommonsより引用

魏を建国し中原(当時の中国の中心地)を統一した曹操

主君である劉備を旗揚げの時から支え、蜀の建国の功労者となった関羽

このサイトを見ている人で両者の名前を全く知らないという人はいないと思います。

今日はこの両者がただならぬ関係にあったのではないか?

という事をみなさんにお伝えしたいと思います。

 

曹操の捕虜となる関羽

当時曹操の庇護の元にあった劉備らは徐州(ジョシュウ。現在の山東省南東部と長江より北の江蘇省)の支配を任されていました。

しかし、劉備曹操と対立する事となり、曹操劉備を攻め込みます。

劉備曹操に大敗し、劉備軍は四散。

関羽曹操の捕虜となってしまいました。

この間に『演義』では関羽のエピソードが脚色されており、関羽は降伏の使者に来た張遼(チョウリョウ)に対し、降伏し捕虜となる条件として3つの事柄を提示しました。

1つ、曹操に降伏するのではなく漢に降伏する

2つ、劉備の妻子の安全を保障する(劉備軍が四散した事により、劉備の妻が曹操の捕まっていた)

3つ、劉備の身元が判明次第、曹操に別れを言わずとも劉備の元に帰る

この3つの条件を張遼づてに聞いた曹操は3つ目に悩むものの、甘んじて条件を受け入れます。

『演義』において、曹操が3つ目に悩んだのは関羽の才能を評価していた事が原因です。

反董卓連合軍で華雄(カユウ。董卓軍の武将)の首を破った関羽の武勇を目の当たりにし、劉備曹操に従っていた際の袁術討伐での活躍を見ているからです。

前者は『演義』のみの出来事ですが、何れにしても曹操は関羽を評価しており、『正史』においても捕虜にも関わらず関羽を厚遇します。

曹操の実力主義で有能な人物を好む性格が現れています。

 

曹操の元でも活躍

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 五代目市川海老蔵の寿帝公関羽:WikipediaCommonsより引用

『正史』でも先ほどと似たような話があります。

曹操関羽を配下にしたいと考えたものの、関羽の忠誠心が劉備にあると思い、張遼関羽に対して止まる意思があるかどうかを質問させました。

関羽はこれに対し、劉備に忠誠があり、恩を返したら劉備の元に帰るつもりだと応えます。

これを聞いた曹操関羽の忠義者っぷりに感心したそうです。

かくして曹操の武将となった関羽ですが、早速恩を返す機会がやってきます。

当時、曹操は天下統一の最大のライバル袁紹との戦いの真っ最中であり、苦しい戦いが迫られていました。

そこで関羽が起用され、軍の指揮を任されます。

『演義』ではこの際、亡き天下無双の英雄呂布の愛馬であった赤兎馬を関羽に授けています。曹操関羽に状況の打開を期待していた事を脚色しています。

関羽は期待に応え、見事袁紹軍のエースだった顔良を刺し殺し、曹操顔良の首を届けます。

『演義』では、袁紹軍もう一人のエースである文醜も打ち取っています。

これを受け、曹操関羽漢寿亭侯の位(候。つまり、一人の君主、一人の諸侯として振る舞う事が許される位)を授けました。

 

曹操と関羽の別れ

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関帝廟:WikipediaCommonsより引用

忠義に熱く、強かった関羽は商売の神として現代でも崇められている

曹操は恩を返した関羽劉備の元に帰ると考え、さらに手厚い恩賞を与えましたが、関羽は立ち去ってしまいます。

 

曹操の配下は怒ってこれを追おうとしますが、関羽の義の心に感服した曹操はそれを止めます。

 

その後『演義』関羽は、赤壁の戦い後敗走している絶体絶命の曹操と対峙しますが、過去の恩を考えて見逃してしまいます。

 

互いに実力を認め合い、尊敬しあっていたからこそ、曹操関羽を見逃し、関羽もまた曹操を見逃したのではないでしょうか。

 

敵対勢力にも関わらず、ただならぬ感情(友情)で結ばれていたのは間違いないでしょう。

 

その後、関羽は魏と呉の連合軍と戦いますが、破れ、呉が打ち取ったものの、劉備に恨みを賈うのを恐れ、これを曹操に贈ります。

 

曹操は「敵対していたが、縁もあった。手厚く葬ってやろう。」と言い、

 

諸侯の礼をもってこれを祀ります。

 

敵対していたにも関わらず、破格の待遇をしたのです。

 

曹操の男らしさを感じるエピソードだったのではないでしょうか。

 

敵対しながらも友情と尊敬の念を絶やさない関係、ロマンを感じますよね。

 

【引用、参考文献】

・wikipedia様

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E7%BE%BD

・『三国志合戦事典(著:藤井勝彦)』

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