まん延防止等重点措置(通称まん防)とは?緊急事態宣言と何が違うの?

コロナ禍において、発令されるまん延防止等重点措置。「緊急事態宣言の弱いバージョン?」ぐらいの認識でよくわかっていない方も多いと思います。今回は緊急事態宣言との違いなど、よく知らないという方向けにわかりやすくまん延防止等重点措置について説明していこうと思います。

まん延防止等重点措置とは

まん延防止等重点措置とは、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために創設された新たな制度です。新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)の改正により、2021年2月13日から施行されています。

新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)は、2009年の新型インフルエンザ(H1N1亜型インフルエンザウイルス)の世界的な流行をきっかけに、免疫を獲得していない新型インフルエンザ等の病状の重篤化が危惧される感染症への対策強化などを目的として、2013年3月成立 、翌4月に施行されました。

その後SARS(重症急性呼吸器症候群)や MERS ( 中東呼吸器症候群 )といった世界的な感染症の流行が発生したものの、幸いなことにこの法律は長らく適用されることはなく、2020年からの新型コロナウイルスの流行により初めて適用されました。

まん延防止等重点措置では、具体的に都道府県知事が指定した地域に首相が発出し、営業時間短縮等の要請を行う事が出来ます。

まん延防止等重点措置はいつ発出されるの?発出地域や期間は?

政府の新型コロナ対策分科会が提示した4つのステージのうち、ステージ3が発出の目安になります。(緊急事態宣言はステージ4を目安に発出)

ステージ3では「感染者の急増や医療提供体制への大きな支障を避ける対策が必要な段階」とされており、確保病床使用率20%・入院率40%程度の医療のひっ迫や10万人あたり15人以上の1週間あたりの新規報告等が目安になります。

画像引用元:https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/medical/six_indicators.html

また、まん延防止等重点措置は原則市区町村単位で発出され、状況に応じて細やかに都道府県知事が発出地域を決められるようになっています。

期間に関しては、最長6か月とされていますが、何度でも延長する事が出来ます。

まん延防止等重点措置の内容

まん延防止等重点措置では以下のような特徴があります。

  • 休業要請はできないが、対象地域では営業時間変更などの「要請」ができる
  • 要請に応じなかった場合には「命令」ができる
  • 命令にも応じなかった場合には罰則が設けられている
  • 要請や命令を行なうにあたり、必要があれば立ち入り検査なども行える

まん延防止等重点措置の際に行われる要請には以下のようなものがあります。

事業者に対して

  • アクリル板の設置
  • 利用者の対人距離の確保
  • 従業員や顧客へのマスク着用周知や手指消毒、換気の徹底など
  • 飲食店は営業時間を20時までに短縮
  • 知事より飲食店で酒類を提供しないよう要請があった場合、酒類提供の停止
  • 昼間に営業しているスナック店などでのカラオケの自粛
  • 定められた人数上限や規模要件等に沿ったイベント実施
  • 「出勤者数の7割削減」を目指した、在宅勤務やローテーション勤務の徹底
  • 在宅勤務などの実施状況の積極的な公表

住民に対して

  • 日中を含めた外出の自粛
  • 路上や公園などにおける、集団での飲酒の自粛
  • 営業時間の短縮を要請した時間以降の、飲食店利用の自粛
  • 感染防止対策が徹底されていない飲食店などの利用自粛
  • 営業時間短縮の要請に応じていない飲食店などの利用自粛
  • 混雑している場所や時間の回避
  • 都道府県を跨ぐ移動の自粛

都道府県知事が営業時間短縮の要請などを行なった際に、正当な理由なく応じなかった場合、「命令」が出され、命令に反した場合や立ち入り検査を拒否した場合、20万円以下の過料が科されます。

なお、正当な理由の具体例としては次のようなものが政府によって通知されています。

  • 近隣に食料品店がないなど、地域住民が生活を維持することが困難になる場合
  • 新型コロナウイルス対策に関する重要な研究会等を施設で実施する場合
  • エッセンシャルワーカーの勤務地周辺にコンビニや食料品店などがなく、併設の飲食店が休業することで業務の継続が困難になる場合

「経営状況が悪化している」「お客様が居座って閉店できない」等の理由は正当な理由に該当しません。もし要請に応じないという選択をする場合には、くれぐれも注意が必要です。

まん延防止等重点措置と緊急事態宣言の違い

まん延防止等重点措置と緊急事態宣言の違いには、主に要請できる内容・発出基準の目安・対象地域・期間・罰則があります。

要請できる内容に関しては、まん延防止等重点措置で行える要請等に加えて、緊急事態宣言では休業要請も行えます。発出基準は上記のステージにおいてまん延防止等重点措置ではステージ3相当、緊急事態宣言ではステージ4相当を目安にしています。

対象地域に関しては、まん延防止等重点措置が都道府県知事の定める市区町村単位で発出できるのに対し、緊急事態宣言では都道府県単位での発出になります。

期間においては、まん延防止等重点措置が6か月以内(何度でも延長可)、緊急事態宣言が2年以内(合計して1年間を超えない範囲で複数回延長できる)、罰則においてはまん延防止等重点措置が20万以下に対して、緊急事態宣言では命令に応じない場合に30万円以下の罰則(立ち入り検査を拒否した場合には20万円以下の過料

)を課す事が出来ます。 

まとめ

緊急事態宣言と異なる点として、発出の目安となるステージが異なる点や、緊急事態宣言が都道府県単位での発出なのに対しまん延防止等重点措置が都道府県知事の定める市区町村単位での発出ができるなど、違う点もあることを解説していきました。

まん延防止等重点措置や緊急事態宣言等について、まずは理解をし、そのうえで「どのような対策を行なうのか」、「その対策を行なうことでどんな効果が得られるのか」などを考えていきましょう。

参考:

https://www.goal.com/jp/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88/emergency-manen-covid19/zzjw1be8vygp1qj2zwl940thf#oxdxwzejyjar1klspqqjwkbdp

https://www3.nhk.or.jp/news/special/coronavirus/medical/six_indicators.html

受験至上主義教育は正しいのか〜教育の本質を考える〜

受験至上主義教育は正しいのか〜教育の本質を考える〜

今回は受験至上主義教育が間違っているのか、昨年度まで受験生だった僕が考察していきたいと思う。

受験至上主義教育の弊害①主体性を失う

現在の入試制度のなかでは、受験で結果を残すためには暗記をすることが何よりも重要とされている。
漢字や社会科目の用語、英単語のような単純暗記だけでなく、数学の解放、英文法などの理解型暗記を求めるものもある。

これらに共通して言えることは、与えられたものを身につければよいということだ。
確かに、多くの人が工場労働者であった時代などには、与えられたものをこなすということだけで何とかなってきたかもしれない。

しかし、現代は答えのない事の解決を求められることが多いように思える。その点に関しては、受験だけで教育が終わってしまうのは、よくない事だと思う。

受験至上主義教育の弊害②多様性の欠如

多くの受験生は同じ指導要領にのっとった指導を受け、同じ共通テスト(昨年まではセンター試験)を受ける。生徒自信が学びたいことよりも、決められた受験に出る範囲を学ぶことに終始しているという受験生が多いと思う。

自分も大学生になっていろいろな活動をし、いろいろな人と出会うようになるまでは、勉強といえば受験に向けた勉強以外はほとんどしたことがない。

生徒それぞれが自分の学びたいことを学ぶ、少なくとも自分が学びたいことを探す、そういった時間を学校教育は提供すべきである。

受験至上主義教育の弊害③体力的・精神的ストレス

人生に1回~3回ほどしかない受験は、人生の大きなターニングポイントとなる。

親・教員・塾の先生など周りの人からも勉強しなさい、勉強しなさいと言われながら育った人も多いと思う。
実際に、自分が教育業界でアルバイトをしている中で、受験勉強に対して主体的に取り組もうという意欲はないが、周りの人からのプレッシャーによって大きなストレスを感じている人も少なくない。

自分も、受験期には、あまり周りから勉強しろとは言われていないが、模試の成績であったり、寝不足などから精神的・体力的なストレスを感じた。

もちろんそういった困難と向き合うことによって成長することができるとは思うが、全員が全員、立ち向かう壁が受験である必要があるのか疑問に思っている。

受験が自分にもたらしてくれたもの①努力をすることの尊さ

今度は、逆に受験を通して自分が得たものについて、書いていこうと思う。

受験を通して一番学んだことは、努力をすることの尊さである。受験勉強をしていると、自分の周りでも休み時間は全部勉強している人がいたり、夜遅くまで勉強している人がいたり、とても努力をしている人がいることに気づく。

その人たちは入試で結果が出なかったとしても、受験期にとても成長していたような気がする。
自分が頑張りたいことが見つかってない人に、努力をする機会を与えている事はいいことなのかもしれない。

受験が自分にもたらしてくれたもの②仲間

受験を通して、同じように受験に真剣に取り組もうと思っている人とつながることができた。
休み時間や放課後に一緒に勉強をした人やお互いに質問しあっていた人との仲間意識があり、今でも相談事などをしたりする。

そういった画一的な目標があるということにより、つながれた仲間がいるということは、受験が人々に与えてきた最大の産物だと思う。

受験主義教育は必要なのか

上述したように受験によって得られるものもあれば、受験主義教育の弊害もある。

よく、受験のための勉強は社会に出ると役に立たないといわれることがあるが、僕は受験を通して人間的に成長することができたと思っている。
だから、自分にとっては受験を経験してよかったなと思っている。

しかし、今のように特殊な職業につかない限りは、学歴が重視される社会はどうかと思う。

受験をする人数、大学進学する人数は減らしていかなければならない。

正直、就職するために仕方なく大学に行くという人も多く、そういった人の中で、受験勉強もまともにしない人が大学に行くの必要はあるのだろうか。

受験主義教育を是正するには①雇用の流動化・最適化

大学受験をする人の多くは、就職のためという人が多いと思う。
ということは、教育を変えるには採用を変えることが必要不可欠である。新卒一括採用から流動的な雇用に移行していくことにより、学歴だけで人を見て採用をするという現状が少しは改善されるのではないか。

そうすることにより、雇用が最適化され、人生を再チャレンジする、学びたいときに学べる、そんな社会の風潮を作ることができるのではないだろうか。

受験主義教育を是正するには①大学の数を減らす

大学の数が多すぎるのではないだろうか。

正直資格の合格率などを「売りにしている大学もあるが、資格試験は予備校でやればいいのではないだろうか。大学の数を減らして、大学はアカデミックなことに集中し、資格対策などは予備校などが追えばいいのではないだろうか。

就職予備校でしかない大学は統廃合によって減らしていかなければならない。

最後に

現在の受験至上主義教育によって、学校現場・子供たちは疲弊してきている。
もちろん、受験を経験することによって得られるものは多いため、受験をなくすべきとは思わない。

しかし、受験をしなくても自分のやりたいことをできる可能性はあるというように、多様な選択肢があるような社会にしていくべきではないか。

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学生と政治のかかわり方〜政治にかかわり始めて感じたこと〜

学生と政治のかかわり方〜政治にかかわり始めて感じたこと〜

自分が政党学生部に入ったきっかけ

僕は、受験勉強を通して、学校教育の非効率なところや教育現場の中で生徒のためになってないことが多いと感じました。
その当初は、学校の教員の実力不足であったり、一般的な感覚を持っていなかったりが大きな原因だと思っていました。

学校教育について調べていくうちに、実際には学校の先生には、あまり権限がなく、上司の先生のいうことを聞くしかない状態や教育委員会や教育委員会事務局の意向に従わざるを得ないという現状があることを知りました。
そのためには、現場からの改革だけでなく、政治からの改革も必要で、両方面からの改革が必要だと感じ、政治に興味を持ちました。

しかし、僕はまったく政治に詳しくなく、支持政党もないという状態でした。
どこか政治の勉強ができる環境を探していたところ、各政党に学生部というものがあることを知りました。政党学生部に入ることにはためらいがありましたが、何党かの説明会を聞いていく中で、学生部員の政治に関する知識の多さを感じ、政治について学ぶには、このような組織に入るのが一番早いのではないかと思いました。
そして、一番活動的なところに入ろうと決めました。

入った時には別にその政党を支持しているわけでもなく、政治に詳しくなって、支持政党が固まってきたらその政党を応援すればいいかなというぐらいの感覚で入部しました。

学生が支持政党を固めるべきか

学生時代には、支持政党は固めずにいろいろな考えを吸収したほうがいいと思っていました。
だから、政党の学生部に参加することにはためらいがあり、偏った意見しか聞かないままに自分の考えが形成されていってしまうのではないかと思いました。
正直、学生部の活動を通して、盲目的にその政党を信じ込み、ほかの意見を持っている人に対して排他的になってしまう可能性も感じました。

僕のようにもともと政治に関心がなかったり、政治に詳しくなかった人からしたら、引いてしまうようなことも多々あります。
学生が政党を支持することはいいことであるとは思いますが、その政党や応援する議員さんに対して、盲目的に応援するのではなく批判的な視点を持って、幅広い意見を取り入れようとする姿勢が大切だと思います。
自分もそのような姿勢を忘れないようにしたいです。

政治活動に参加して

学生部を通して知り合った人に動いてもらい、先日初めて政治活動に参加しました。
ポスティング・ビラ配り・ポスター貼りの交渉・街宣車でのカラスをさせていただいたり、様々なことを経験させていただ来ました。
普通に生活をしていたら、経験することはなかったようなことを経験できました。

政治活動をしてみると一つ一つの活動に一生懸命になっている人たちがいるということにあらためて気づきました。
一つのビラをもらってもらうまでにも何人の人に声をかけているのか、ひとりの政治家が活動するために何人の人がボランティアに入っているかなど実際に経験してみないと分からないこともたくさんあります。

学生のうちに一回は政治活動・選挙活動に参加するべきだと思います。

政治に興味を持つまでは、街宣車の音とかうるさいなと思っていましたし、戸別訪問とかしてくるのうざいなって思っていました。

そのような政治に興味関心がない人の感覚を忘れてはいけないと思います。
例えば、ポスター貼りの交渉の時に、相手が断っているのに無理やり貼らせてもらおうとすることは、その候補者だけでなく、政治全体への嫌悪感を増長してしまいます。
学生だから仕方ないと理解のある政治家さんからは思ってもらえるかもしれませんが、ほかの学生や政治に興味のない人からしたら政治に対する距離感を覚えてしまうことはあると思うので、学生が選挙に没頭することはあまりよくないのかもしれません。

学生と政治のかかわり方は考え続けなければならない

学生が政治に関心を持って、活動することは素晴らしいことであることは否定しようがありません。
しかし、ただ盲目的に政治活動に邁進していくだけでは、学生の政治に興味関心を持ってもらおうということの妨げになったり、若者の政治離れを促進したり、偏った意見に固執したりしてしまいます。

政治に関心のない層の感覚を持とうとすること、違う意見に耳を傾けることは忘れてはならないでしょう。

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ゼロから学ぶ宮城事件 75年前何があったのか

ゼロから学ぶ宮城事件

終戦直前に起こった宮城事件。陸軍将校が宮中を占拠し、玉音放送の阻止を計画しました。徹底抗戦を求める陸軍将校たちはいったい何をしたのか。宮中の占拠から、首謀者の自決までを徹底解説!
終戦の日に、75年前の事件について学び、日本の未来の平和のためには何ができるのか考え直すきっかけにしましょう。

宮城事件とは

宮城事件とは、終戦反対事件とも、八・一五事件ともいわれる、陸軍の中堅幹部が兵力を使って宮城に侵入し、昭和天皇の終戦の詔書の放送を阻止して、抗戦を継続させようと企てた事件である。

[box02 title=”主要人物”]

昭和天皇
鈴木貫太郎首相
阿南惟幾陸軍大臣
米内光政海軍大臣
東郷茂徳外務大臣

陸軍部
・梅津美治郎参謀総長
・白石通教中佐(殺害
・井田正孝中佐(首謀)自決断念
・椎崎二郎中佐(首謀)失敗後自決
・畑中健二少佐(首謀)失敗後自決

近衛第一師団
・森赳中将 近衛第一師団 団長(殺害)
・石原貞吉少佐 近衛第一師団 参謀(殉職)
・古賀秀正少佐 近衛第一師団 参謀(関与自決)
・芳賀豊次郎大佐 近衛歩兵第二連隊長

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背景

1945年(昭和20年)、6日の広島への原爆投下、9日未明のソ連の対日参戦、同日の長崎への原爆投下を受けて、政府内ではポツダム宣言(7月26日に米中伊政府首脳の連名で日本に対して表明した、降伏を勧告する共同宣言)の受諾による降伏を支持する意見が強まっていた。
9日に宮中において開かれた最高戦争指導会議(政府側の戦争の根本方針の決定を目的とする会議)では鈴木貫太郎首相・米内光政海軍大臣・東郷茂徳外務大臣らが天皇の地位保障(国体護持)を条件とする降伏を主張した。
鈴木貫太郎首相はその後、天皇臨席の御前会議を開いた。そこで鈴木貫太郎首相からの聖断(天皇の決断)要請を受けた昭和天皇は東郷茂徳外務大臣が示した降伏案に賛成し、ポツダム宣言受諾が決定された。

ポツダム宣言受諾決定を受けた陸軍内の動揺

御前会議での決定を受けた陸軍省では徹底抗戦を主張していた多数の将校から激しい反発が巻き起こった。
ポツダム宣言には、「全日本軍の無条件降伏」という項目があり、陸海軍の存亡の危機に立っていた。
12日には、日本政府の国体護持を条件とする降伏の意向に対し、連合国側は「天皇と日本政府の国家統治権限は、連合国の最高司令官に従う」と回答。
その回答を受けた12日の閣議・13日の最高戦争指導会議では、阿南惟幾陸軍大臣・松阪広政司法大臣・安倍源基内務大臣が最後までポツダム宣言受諾に反対した。阿南陸相は陸軍内のクーデターに向かう将校らの反発心をを抑えるために、自らの意見とは異なる戦争継続を内閣で訴える。
会議はまとまらなかったが、連合国の回答を受諾することが決まった。

ポツダム宣言・連合国の回答の受諾に反対する将校の行動

連合国の回答を受諾することを聞いた6名の将校(軍事課長荒尾興功大佐、同課員稲葉正夫中佐、同課員井田正孝中佐、軍務課員竹下正彦中佐、同課員椎崎二郎中佐、同課員畑中健二少佐)は阿南惟幾陸軍大臣に面会を求めた。そこで、クーデター計画である「宮城事件」への賛同を求めた。
その計画では、東部軍及び近衛第一師団を用いて宮城の隔離、鈴木首相・木戸幸一内大臣府・東郷外相・米内海相らの政府要人を捕らえて戒厳令(軍隊に行政・司法の一部の権限をゆだねるという指令)を発布し、国体護持を連合国側が承認するまで戦争を継続することが記されていた。
阿南陸相は「梅津参謀総長と会った上で決心を伝える」と賛否を明言するのを避けた。

森赳近衛師団長の殺害

近衛第一師団長で宮城(皇居)の警備にあたっていた森赳近衛師団長はこの事件により、命を落としました。義弟の第二総軍参謀白石通教中佐と会談中であったところに、井田正孝中佐と椎崎二郎中佐が強制的に訪問。
森赳近衛師団長は、井田中佐・椎崎中佐に宮城事件への参加を求められ、否定的な態度を示していたが、「明治神宮を参拝後に決断する」と言って約束を交わし即断を避けた。それを聞き、腹を立てた畑中少佐はいったん部屋を出たが、畑中中佐は上原重太郎大尉・窪田兼三少佐を引き連れて、再度入室する。畑中少佐は無言のまま森師団長を拳銃で撃ち、さらに上原大尉が軍刀で斬殺した。同席していた白石中佐も上原大尉と窪田少佐によって斬殺された。

宮中占拠

2人の殺害後、畑中少佐は師団命令を偽造し、近衛歩兵第二連隊を使って宮城を占拠した。また、昭和天皇の玉音放送を阻止するために放送会館へは近衛歩兵第一連隊を差し向けた。宮内省では、電話線の切断や皇宮警察(宮内省を警備する警察)の武装解除などが行われた。
森近衛師団長や阿南陸相にクーデター計画への参加をことごとく断られていた畑中少佐たちは、大規模なクーデター計画が無理と悟って、昭和天皇の玉音放送を阻止する方向へ方針転換する。

玉音放送阻止に失敗する

宮中を占拠している間に、北村信一大尉や佐藤好弘大尉たちは昭和天皇の放送が録音された玉音盤を探し回りました。しかし、既に徳川義寛侍従によって、皇后宮職事務室へと移されていたため、「宮城事件」の首謀者たちが玉音盤を手にすることはなかった。

宮城事件の鎮圧

午前5時頃、東部軍の田中軍司令官が数名のみ引き連れ、自ら近衛第一師団司令部へと向かい、偽造命令に従い部隊を展開させようとしていた近衛歩兵第一連隊の渡辺多粮連隊長を止めた。これにより、森師団長が殺害された事実を芳賀豊次郎大佐が知った。師団命令が畑中少佐らの偽造であることが分かった芳賀豊次郎大佐は畑中少佐に宮中からの退去を求めた。
放送会館では決起放送を行おうとしていた東部軍からの電話連絡により畑中少佐が放送を断念し、守衛隊司令部では拘束されていた下村情報局総裁らが解放された。

その後

最後まで抗戦を諦めきれなかった椎崎中佐と畑中少佐は宮城周辺でビラを撒き決起を呼び掛けた。しかし、抗戦ができないことを悟った2人は自決をした。また古賀参謀は玉音放送の放送中に近衛第一師団司令部二階の貴賓室に安置された森師団長の遺骸の前で拳銃と軍刀を用い自決した。古賀参謀については「宮城事件」に積極的に参加していたのではないという説もある。

正午には、国歌である君が代が流された後に昭和天皇の「大東亜戦争終結ノ詔書」が無事に放送されて、日本の降伏は全国民に知らされることとなった。

https://atomic-temporary-151149301.wpcomstaging.com/2020/08/15/yasukunisanpai/

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【オンライン教育】アフターコロナの教育を考える

【オンライン教育】アフターコロナの教育を考える

コロナを機に話題に

今年3月、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため休校措置がとられました。以前から映像授業やオンライン授業などを行っていた学習塾もありましたが、休校措置により、学習塾のみならず、学校教育にもオンライン教育を求める声があがってきました。
しかし現状では、休校期間中に宿題を出してそれをチェックするだけしかできなかったという学校もあったと聞いています。新型コロナウイルス第2波が来ると話題になっている今、オンライン教育について考えます。

オンライン教育の種類①映像授業

東進衛星予備校などで普及した映像授業。オンライン教育の中では、新型コロナ以前から広く取り入れられていました。対面の授業に比べて、一回の収録で多くの人を教えられる、僻地や田舎にも都会の優秀な先生の授業が受けられる、見返したり倍速で見たりということができるという利点があります。
優秀な生徒は自分のペースで進められ、効率的に学習ができるという反面、聞き流してしまう生徒が出てくる、生徒の反応を見ながら授業の内容・ペースを変えるということができない、授業をしてくれる先生に質問できないというデメリットもあります。
映像授業を取り入れる場合は、優秀なチューターをつけるなど、生徒が最適な授業動画を見れるようにする、生徒が聞き流したりしないように様子を見守る人をつけるなどの工夫が必要だと思います。

オンライン教育の種類②ビデオ会議ツールを使った個別指導

最近普及してきているzoomや以前からビデオ通話ツールとして有名であったskypeなどを利用し個別指導を行います。僕の感覚では、新型コロナを機に普及してきたような気がします。大手の家庭教師会社もここ数か月の間に参入してきているようです。対面の個別指導に比べて、帰宅時間を気にしなくてよいから遅い時間にも指導ができる、画面共有やホワイトボード機能を使いこなせれば躍動感のある授業ができる、僻地や田舎にも都会と変わらない水準の指導ができるというメリットがあります。
しかし、対面と比べて生徒との信頼関係が築きにくい、回線の不具合によりフリーズや音声トラブルが起こる可能性があるというデメリットがあります。
僕は、オンライン指導をしていますが、やはり生徒との信頼関係の築きにくさは感じます。しかし、実際に家庭に出張する家庭教師よりも多くの生徒を見れる、ホワイトボードなどの機能により対面の個別指導よりも番所の色分けがしやすいなどのメリットを感じています。

オンライン教育の種類③zoomなどを活用した集団指導

大学の講義などで多く取り入れられているビデオ会議システムを利用した集団指導。家にいながら授業を受けられるため空き時間を有効に使える、ブレイクアウトルームなどを活用し積極的なグループワークを行えるなどの利点があります。しかし、音声トラブルやミュートの解除などにより生徒に発言を求めるときに時間がかかる、回線に不具合がある人には参加しずらい、先生と生徒や生徒同士の距離が遠く感じ信頼関係が築きにくいなどデメリットも多いのが現状です。
僕は実際に大学の講義をzoomなどで受けていますが、正直分かりにくいなと不便に感じることやほかの学生との繋がりを作りにくいということを感じています。

オンライン教育の種類④参考書などの教材を使った自学自習を中心とした学習

近年、「日本初授業をしない塾」のキャッチコピーで知名度をあげている武田塾など、参考書などの教材を使った自学自習を中心とした学習が見直されています。上記のオンライン教育に比べ、比較的費用が掛からないといったメリットがあるほか、家やカフェだけでなく参考書の種類によっては電車の中などどこでも取り組める、自分のペースで取り組める、自分で能動的に取り組まないと範囲が進まないため生徒が主体的に取り組むことを期待できるといった利点もあります。
デメリットとしては、参考書で分からない内容があった場合、それを聞ける環境がないと分からないままになってしまう、未習の範囲に最初に取り組むハードルが高いなどのデメリットがあります。

筆者が考える最善のオンライン教育のあり方

僕は、神戸大学に向けて学習する中で参考書を中心に勉強しました。しかし、決して参考書の力だけで合格したのではなく、一緒に自習に取り組んでくれた仲間の存在や参考書で分からない内容の質問に答えてくださった先生方、学校の授業を聞くことによって身に着けた基礎知識が大きく合格に起因したと思います。
そこで基本的には参考書を中心にしつつも、最初のハードルを下げるための映像授業、分からない参考書の内容を理解するためのオンラインの個別指導を状況に合わせて取り入れる、それらを総合的にプロデュースし、モチベーションや参考書のペースを管理するアドバイザー的な人を一人一人につけるといった形が理想的なのではないかと思います。また、ディベートや理科の実験などはオフラインで行うほうが望ましく、一緒に学習する仲間づくりという点でもオフラインで会う機会にもしたいため、ディベート・理科の実験はオフラインで行うべきだと考えます。さらには、自習やオンライン指導を受けられる空間を町に作っていく(自然にできていく)ということも必要不可欠でしょう。
このように、現状の画一的で非効率的な教育よりも、一人一人の現状に合わせ、住む場所による教育格差が少ない教育を実現するためにアフターコロナの時代にもオンライン教育は取り入れられていくべきです。

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再配布!?アベノマスクに効果はあったのか

アベノマスク再配布!?アベノマスクに効果はあったのか

アベノマスクとは?

アベノマスクとは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大にとる全国的なマスク不足を解消するために、全世帯に2枚ずつ布マスクを配布するという政策である。医療関係者に優先的にサージカルマスク(不織布の使い捨てマスク)を回すために、一般家庭では政府は、洗剤で洗って再利用可能な布マスクを使用してほしいということで、2020年4月7日に「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」で閣議決定し、布マスクを配布することを決定した。

アベノマスク異物混入と配布状況の遅れ

厚生労働省はウェブサイトで都道府県別に布マスクの配布状況を公表している。5月8日時点で配布中となっていたのは東京都のみであった。そこから、5月17日までに北海道、愛知、大阪などの12道府県で配布が開始した。5月27日には、全国47都道府県すべてで配布が開始され、閣議決定から2か月以上たった6月15日に、全国でおおむね配布完了となり、6月25日の会見で、菅義偉官房長官は、記者会見で政府による全世帯向けの布マスクの配布が20日までに全て完了したことを明らかにした。
途中、変色や髪の毛、異物混入の報告があり、妊婦向けの先行配布が中断された。最大の受注企業である興和が応じたメディア取材によると、当初は品質を担保するため日本国内での検品を強く希望したが、政府側担当者が「質より量を優先しろ」と断ったと述べている。
そもそも全世帯に布マスクを短期間で配ろうということは現実的に難しく、2か月以上かかってしまったのも仕方ないのではないか。

アベノマスク賛成意見①市場にマスクが出回り、価格が下がる

アベノマスクが配布されることを発表したことにより、流通量を減らし高価格でマスクを売るために企業が抱え込んでいたマスクの在庫が、市場に出回ることになったという意見がある。確かに、アベノマスク配布というメッセージを発信してから、店頭にマスクが並ぶようになったような気がする。マスクが市場に出回るようになり、高騰していたマスクの価格が抑えられるといったにおいては、一定の効果があったのではないかといえる。

アベノマスク賛成意見②マスクの買いだめを抑制する

店頭にマスクが並ぶことが少なくなっているという現状から、マスクを買いだめする人が増えた。この点に関しては、実際にマスクが支給されたのは、市場にマスクが出回るようになってからであり、大きな効果はなかったように個人的には感じる。

アベノマスク賛成意見③国民の安心感

分かりやすく目に見える形での政策であるため、国民に対して政治がきちんとサポートするという姿勢が伝わったり、マスク不足による国民の不安に対応したりということだが、僕の周りでは、マスク配布により、マスク不足が解消したと言っている人はいない。この点に関しては、成功したとは言えないと思う。

アベノマスク反対意見①マスクさえすればいいという間違ったメッセージ

神戸大学岩田健太郎教授によると、科学的なエビデンスに基づかない政策で、布マスクによる実質的効果は期待できないと批判し、むしろマスクさえすれば大丈夫という間違ったメッセージを送りかねないと指摘した。政府が多額な税金を使ってまでマスクを配るということは、マスクをすることでかなり感染拡大が抑えられると多くの国民がとらえ、マスクをすれば外出をしてもよいといった発想になってもおかしくない。この指摘は的を得ているのではないか。

アベノマスク反対意見②マスクの質が悪く使えない(使いたくない)

SNS上では、小さくて耳がこすれていたい、ゴムの長さが左右違う、ゴミや虫が付着しているといった、マスクの品質を疑問視する声が相次いだ。SNSで投稿されていた写真を見ると、確かに使いたくないと思う。それに街中でアベノマスクを使っている人はほとんど見たことがない。アベノマスクに実用性があり、マスクをすることによる感染拡大防止の効果があったとは思えない。

アベノマスク反対意見③届いたころにはマスクが店頭で売っていた

マスクが配布されると閣議決定したころの4月の段階では、マスク不足が深刻であった。しかし、マスクが手元に届く5月末から6月には、ある程度市場にマスクが流通していた。アベノマスク配布というメッセージの影響も大きいという意見もあるが、国民の感覚としてこういった不満が出るのはおかしくない。また、マスクが市場に出回るようになった時に政策を途中でやめるなどのやり方もあったと思う。政府は、マスクが実施にはほとんど使われていないという現状は重く受け止めるべきではないか。

アベノマスク反対意見④税金の無駄遣い

菅官房長官の会見によると、アベノマスクを配布するためには、約260億円かかるとしていた。上記に挙げたように、様々な問題点があるマスクに対してこれほどの税金がかかっているということは、税金の無駄遣いといわれても仕方ない。

アベノマスク追加配布!?

7月30日から、政府が8000枚のマスクを介護施設などを対象に追加配布するということが発表された。すでに店頭でマスクが買えるようになっている現状で追加配布するということの効果があるようには思えない。政府は間違った方針や現状に合わない方針を変更する柔軟性を持つべきなのではないいか。

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【ここがおかしい高校入試】夏休み前に考える入試制度のあり方

【ここがおかしい高校入試】夏休み前に考える高校入試のあり方

今回は、受験の天王山ともいわれる夏休みを前にして、去年まで受験生だった僕が高校入試とはどうあるべきか考えていきたいと思います!
僕自身は愛知県の公立高校に通っており、私立高校の入試や他の都道府県の高校入試に対しては、知識が足りないのかもしれませんが、自分が経験したこと、聞いたことをもとに問題提起をしていきます。

ここがおかしい高校入試①内申点制度が不明瞭

最初に、内申点制度について言及していきたいと思います。
中学生の皆さん、元中学生の皆さん、内申点がどういった基準で決められているかってご存じですか?通知表を見ると、教科ごとに3~5くらいの評価基準があり、それぞれの評定が書かれていることはあるかもしれません。しかし、宿題を一回忘れたら何点マイナスになる、テストの一点はどのくらい反映されているのかなどの細かい基準は知らない人がほとんどだと思います。
つまり、内申点は教員の気分でいくらでも変えられるということです。さすがに、気分で評定をつける先生は少ないとは思いますが、自分の部活動に所属している子や仲のいい生徒にいいようにつけてしまうのは、人間なら仕方ないと思います。また、もし学校側がテストの点数の入力ミスをしていたとしても、内申点という不明瞭な数字に変えられてしまったら、生徒・保護者側から間違いを指摘することは不可能に等しいです。内申点の評価基準の不明確さはこのままでいいのでしょうか。

僕は、このままではいけないと思います。生徒の人生を左右する入試に反映される以上もっと明確な基準が必要だと思います。そこで、内申点の判定基準の公表を求めます。内申点の評価基準を、宿題一回分は何点分として換算される、授業一回分の授業態度は何点分としてカウントする、それらの点数が何点以上何点以下の人は3といったように細かく公表すべきです。そして、希望した生徒には、自分の細かい点数を確認できるようにしてほしいです。そうすることによって、偏った判断基準の教員(教員ごとに判断基準を決めるということについても考え直さなければならないが)には、生徒・保護者からの抗議が起こり、透明性の高い、平等な入試に近づくのではないか。

ここがおかしい高校入試②公立高校の問題が一緒

これは、すべての自治体でそうではないし、私立高校の入試には関係のないことなのかもしれませんが、愛知県をはじめとする多くの都道府県では、公立高校は共通の問題(共通のレベルの問題)を出題しています。正直、そのような問題で、県内トップ校の受験生、あまり勉強が得意ではない子が行くような学校の受験生の実力が正確にはかれているとは思えません。
トップ校は、本当に簡単な問題をミスなくとける生徒がとりたいのでしょうか。そういった学校もあるでしょう。しかし、簡単な問題をミスなく解ける生徒よりも、難しい問題を思考力を使って解ける生徒、分からないと投げ出さずに一行でも自分の考えを書いてくる生徒を入学させたい学校も多いと思います。また、中学の内容は高校でやり直すから、小学校の内容が理解できているかを入試で確認したい学校もあるでしょう。公立高校でも、レベルや教育方針に応じて出題内容を変えるべきだ。

ここがおかしい高校入試③単独選抜の都道府県が多い

僕の地元愛知県の高校入試制度の最も大きな特徴である複合選抜。僕はとてもいい制度だと思っていますが、現在、ほかの都道府県では導入されていません。愛知県以外の都道府県では単独選抜という制度になっています。(一部例外はありますが、すべての公立高校を受験する生徒が併願できるのは愛知県だけです)
単独選抜とは、基本的には公立高校を1校しか受験できません。それに対して、複合選抜はふたつの入試日程があり、各日程で1校ずつ受験することができます(もちろんどちらかの日程しか受験しないこともできる)。複合選抜にすることにより、第一志望の高校に力が及ばなかったとしても、第二志望の公立高校に入学できる可能性があるから、多くの受験生は自分のレベルよりも一つ上の高校を受験することができます。そうすることにより、生徒の学習意欲が増加したり、難しいことに挑戦するといったマインドをはぐくむことができると思います。高校入試の先の大学入試や就職などで、そこではぐくまれたことは生かされてくるのではないでしょうか。
このようなことから、愛知県で導入されている複合選抜制度を全国的に導入すべきと考えます。

最後に

今回は、高校受験に対しての問題提起を3つの観点からさせていただきました。中学生(浪人生や学びなおしの人もいるけど)の受験生からしたら、高校受験はこういうものなんだと受け入れている人が多いのだと思います。だからといって問題をそのままにせずに、大人がしっかりと平等で透明性のある入試を受けさせてあげることが日本の未来を担う子どもたちのためになるのではないでしょうか。

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【部活動廃止論】現役大学生が考える弊害と代替案

部活動廃止論 現役大学生が考える部活動の弊害と部活動の代替案

今回は、部活動廃止論者の僕が、なぜ部活動を廃止すべきと主張するのか、部活動に変わる文化・スポーツ教育の枠組みをどうすべきと考えているのかをまとめていきたい。

部活動廃止すべき理由①教員の質の低下

まず、部活動が存在することにより教員の質が低下していると考える。

なぜなら、授業やクラスの運営に対してはあまりやる気はないが、部活動をやりたいから教員を続けているという教員が一定数いてもおかしくないと思うからだ。
しかし、そのような教員の個人のやる気のなさだけに責任を押し付けるのではなく、子供たちにスポーツを教えたい、文化を継承していきたいといった人たちを受け入れる体制ができていないことが大きく影響しているといえる。

僕は、部活動を廃止して、後ほど述べる新たな文化・スポーツ教育の枠組みを作ることにより、そういったスポーツ・文化を通して子供たちとかかわりたいという人たちが活躍できる場を提供することが大切だと考える。

部活動廃止すべき理由②授業への影響

部活動は授業に悪影響をもたらしているといえる。

部活動での負担により、授業中に寝てしまうなど、学業に支障が出てしまう事もあり得るだろう。(しかし、これは部活動以外の活動(塾や習い事など)によっても起こりうることであり、部活動だけを責めることはできない)
それよりもむしろ部活動によりできた生徒と教員の人間関係が授業や成績評価に悪影響を及ぼしている可能性について私は指摘したい。

例えば、授業中に自分が顧問をしている部活に所属している子ばかりに発言をさせることであったり、無意識のうちに進路にもかかわる成績評価を自分の部活の子に優遇してしまったりといったことが起こってもおかしくないだろう。

部活動廃止すべき理由③教員への負担

部活動は、残業に含まれない(に等しい)と言われており、教員にとって非常に重い負担となっている。さらに、その負担に応じた報酬が払われていないというのが現状もある。

「教員は部活動のスケジュールを組むことができ、負担が少なくなるように調節できるだろう」という意見もあるが、彼らも保護者や生徒の意向などに配慮しなければならず、自由に活動を減らしたりするというのが難しい。

部活の伝統や風習など、いきなり方向性を変えるというのは、生徒や保護者、OB、OGらの反発がある可能性もあり、権限があるとはいえ教師の一存ではどうしようもないのだ。

「活動量が多い部活動の顧問に配属された教員は多くの負担を強いられる」という伝統は、なかなか変わらないと思う。

部活動廃止すべき理由④生徒の選択肢を狭める

部活動が学校の枠で区切られてしまっているため、例えば、本当は野球がしたいのにうちの学校は野球部の顧問が厳しいからやめておこうとして、その子の野球をする選択を取れなくしてしまう、野球部が強い学校に行きたいから偏差値があまりよくない学校に行く選択をしてしまうなどといったことが考えうる。

部活動と学校が同じ枠組で区切られているがゆえに、生徒が選択肢を狭められてしまっていると思う。

部活動廃止すべき理由⑤合わなかった集団から抜け出せない

もしクラスが合わなかったとしても、一年たてばクラス替えがあり、集団が変わり、毎年やり直せるチャンスがある。しかし、部活動は二年半同じ集団に所属し続けなければいけない。

いやなら部活をやめればいいという人もいるのかもしれないが、部活動のコミュニティがクラスの中でも強かったり、学校から部活動に所属することが強制されていたりということがあり、なかなかやめられないというのが現実である。

部活動廃止すべき理由⑥学校内のコミュニティに縛られてしまう

高校時代に、部活動が学校内・クラス内でも大きな影響力を持っているとを感じることが多々あった。

仮に、部活動が存在しなかったら、多くの人が学校外でのコミュニティを作ろうとして、人間関係の軸を複数のところに置くことが出き、いじめ問題なども起こりにくくなるのではないかと思う。

学校のコミュニティを超えた文化・スポーツ教育の新たな枠組みの構築

僕は、部活動を廃止さえすればいいとは思っていない。

自分自身も中学時代は野球部に所属していた。白球を追いかけた日々が仲間の大切さでや努力の尊さを教えてくれたことは否定しようがない。しかし、小学校の頃に所属していたドッジボールのクラブチームや、保育園のころからずっと所属している空手道の会から学ぶことは、同じくらいたくさんあったと思う。

文化・スポーツを通して学ぶことは多いとは思うが、なぜ学校の枠組みに縛られなければならないのだろうか。僕は、学校のコミュニティを超えて新たな枠組みを作るべきだと思う。
学校単位ではなく、学校間の壁をなくして、自由な枠組みの中でクラブチームや習い事を行うべきではなかろうか。

まずは、部活動の大会として開催されているインターハイ・甲子園が学校単位の部活動だけでなくクラブチームでも参加できるようにするところから始めてはどうか。

新たな枠組みを作ることによるメリット

まず、一人が選べるスポーツクラブの数が一種目ひとつから同じ種目の中でも複数から選べるようになり、体罰などが蔓延しているクラブは人が集まりにくくなり、体罰を減らすことに繋がるかもしれない。
また、学校という狭い空間の中で狭まっていた視野が、学校の壁を越えた枠組みを構築することにより、広い視野を持った人が育つのではないかと思う。
学校とクラブチームがそれぞれ独立することにより、学校を学問や教育方針により選ぶことができるようになり、教員がクラブチームの人間関係により偏った見方を学校現場に持ち込むことを防ぐことができる。

部活動は廃止すべき!

以上のことから、僕は部活動を廃止すべきと思う。かといって、文化・スポーツをないがしろにしてよいというわけではない。新たな枠組みを作り、文化・スポーツ教育の推進と閉塞的な學校現場に流動性をもたらすべきだ。

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【山本太郎】「れいわ新選組」代表・山本太郎ってどんな人?

キーワード解説:山本太郎

経歴

生年月日:1974年11月24日(45歳)

出身校:箕面自由学園高等学校中退

前職:俳優、参議院議員

現職:れいわ新選組代表

政党:れいわ新選組

当選回数:1回(参議院議員)

参議院議員:2013年~2019年

政治家としての経歴

2013年 参議院選挙に東京都選挙区から出馬し、当選

2014年 「生活の党」に入党し、党名を「生活の党と山本太郎となかまたち」に改めさせ、共同代表

2019年 参議院選挙に向け「れいわ新選組」を設立、比例区で出馬するも落選

ツイッター :山本太郎 Twitter

Facebook:山本太郎 Facebook

山本太郎 経歴〜追いたち〜

大阪の箕面自由学園高校1年の時に『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の「ダンス甲子園」に出場し、芸能界に入ります。

1991年、映画『代打教師 秋葉、真剣です!』で俳優デビューを果たします。

2011年4月に反原発運動を開始した際、自身が政治的な活動をすることに対する事務所への影響を考え、所属事務所を退所します。

以後はフリーで俳優活動をしていました。

2012年4月、太陽光発電設備の販売や施工を手掛ける「ソーラーリフォーム社」(横浜市)に正社員として就職します。

山本太郎 経歴〜政治家として〜

2012年に「新党 今はひとり」を立ち上げます。

衆議院議員選挙に出馬し日本未来の党・社会民主党の支持を受けますが、落選します。

2013年の参議院議員選挙には東京都選挙区から出馬し、生活の党、社会民主党、緑の党、新社会党の支援を受け、4位で初当選を果たしました。

その後は脱原発を主張する候補を党として公認するなど、反原発活動を進めます。

2014年の衆院選後、小沢一郎氏が中心となった「生活の党」に入党し、党名変更した「生活の党と山本太郎となかまたち」の共同代表に就任します。

2019年、参院選に向けて離党後「れいわ新選組」を設立しました。

優先的に障がいを持つ候補を2人当選させたため、自身は落選します。

山元氏自身は落選したものの、比例区で最多の個人名を獲得し、政見放送は84万回再生されるなど、「れいわ旋風」や「れいわフィーバー」とメディアで評され注目を集めました。

現在は「れいわ新選組」公認候補として東京都知事選挙に出馬しています。

山本太郎の政策診断

問1:憲法改正に賛成ですか、反対ですか。
回答:反対

問2:憲法9条の改正について、あなたの考えに近いのはどれですか。
A:改正には反対だ

問5:安倍政権の経済政策「アベノミクス」は成果を上げていると思いますか。
A:思わない

問6:消費税率は今年10月に10%に引き上げることが法律で決まっていますが、引き上げの延期または中止を求める声があります。あなたはどう思いますか。
A:法改正し、引き上げを延期または中止すべきだ

問9:原発は日本に必要だと思いますか。
A:必要ない

問16:日本の核武装について、あなたの考えに近いものを一つ選んで下さい。
A:将来にわたって検討すべきではない

問18:同性婚を制度的に認めるべきだと考えますか。
A:認めるべきだ

問20:皇族の数が減らないようにするため、皇族の女性が結婚後も皇室に残る「女性宮家」を認めることに賛成ですか、反対ですか。
A:賛成

引用:2019参院選 比例区 山本太郎-毎日新聞

れいわ新選組は山本太郎氏が立ち上げた政党であり、党の政策は山本太郎氏の政策であるといえるでしょう。

政治を志すきっかけとなった反原発活動

原発(原子力発電所)に関する問題は、山本太郎氏が政治を志すきっかけともいえます。

山本氏は「巨大地震が起こった時に原発が耐えられるのかどうかは、地震が起こった後にしかわからず、その場合の危険性」という観点から脱原発を訴えています。

当面の電力は火力でまかない、将来的には100%再生可能エネルギーを目指しています。

このことに対して原発賛成派からは「原発はコストパフォーマンスが良い」「電力の安定供給には必要である」といった意見も出ています。

山本太郎が訴える「消費税廃止」

山本氏は消費税廃止を強く訴えています。

「消費減税でまとまることが出来なければ野党共闘に協力しない」と明言するほどです。

その目的として、消費減税、消費税廃止による景気の回復を図ることを挙げています。

さらに、「景気が回復することで結果的に賃金も上がる」と主張しています。

国債発行による積極財政

山本氏は国債発行を財源とした積極的な財政政策を主張しています。

デフレ時(物価が下がっている状態)限定で国民に3万円給付、コロナ対策として都民にもう10万円給付などの政策を掲げています。

「れいわ新選組」経済政策公約の財源論

山本太郎のツイッター

山本太郎氏のツイッターのフォロワーは現在42万人です。

これは東京都知事選挙に立候補した時のツイートです。

最後に

山本太郎氏は都知事選にも立候補しており「れいわ新選組」の名前と共に度々話題となっています。

今後もメディアなどで注目されていく政治家の一人でしょう。

https://atomic-temporary-151149301.wpcomstaging.com/2020/06/23/totijisen-yukue/

【あいちトリエンナーレ】芸術・文化と行政の関係はどうあるべきなのか

芸術・文化と行政の関係はどうあるべきなのか

最近話題となっている大村秀章愛知県知事のリコール署名問題。その大きな争点のあいちトリエンナーレ問題で「表現の自由」「検閲」といった言葉が多く飛び交った。表現の自由や検閲の範囲はどこまでなのかをわかりやすくまとめ、芸術・文化と行政の関係はどうあるべきなのか考えていきたいと思う。

表現の自由、検閲の範囲はどこまで?

憲法第三章第二十一条では、「1集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。2検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。」と書いてある。
では、表現の自由、検閲とはどういったものであるのか。

表現の自由と公共の福祉

表現の自由は、時にほかの人の基本的人権と対立することがあり、ほかの人の人権を侵害しない(公共の福祉に反しない)限り、制限をされないとされている。様々な解釈があり、一概に何が正しいとは言えない部分もある。私の中では、相手の表現・宗教・思想の批判は表現の自由として認められているが、表現すること・信仰することを批判するような表現や、特定の人種・性別に対する差別を助長するよな発言、誹謗中傷などは認められないという考えだ。

検閲とは

公権力が,表現行為ないし表現物を検査し,不適当と判断する場合には発表を禁止すること。公表以前に行う事前検閲,公表後に行う事後検閲とに分れる。(コトバンク)

私の解釈では、政府や行政機関が表現に対して、審査のうえで網羅的・一般的に禁止することを指し、行政がイベントの主催者としてある作品の掲載を判断することは、他で表現することを禁止するわけでないため、検閲に当たらないと思う。(正確には、自分の意見というよりは、橋下徹氏の意見を読んで、納得したという感じ。)

表現の自由の範囲は明確に定められるの?

私の見解ではNoだ。実際に解釈によって、意見が分かれており、ここまでが表現の自由内と明確に定めることは、難しいと言わざるを得ない。

あいちトリエンナーレ問題の概要と私の見解

そもそもあいちトリエンナーレとは?

あいちトリエンナーレの公式サイトによると、あいちトリエンナーレとは、2010年から3年ごとに開催されている国内最大規模の国際芸術祭であり、「新たな芸術の創造・発信により、世界の文化芸術の発展に貢献します。」「現代芸術等の普及・教育により、文化芸術の日常生活への浸透を図ります。」「文化芸術活動の活発化により、地域の魅力の向上を図ります。」の3つを開催目的としているようだ。

2019年には、情の時代をテーマにし、津田大介氏を芸術監督に迎えた。
ちなみに18年間愛知県に住んでいた私は、一度もあいちトリエンナーレにいったことはなく、あいちトリエンナーレの存在自体も2019年の問題が起こるまで知らなかった。

問題となった作品は?

問題となったのは「表現の不自由展・その後」の中の以下の作品。
・「平和の少女像」(元従軍慰安婦を象徴する少女像)
・「焼かれるべき絵」および「遠近を超えて」昭和天皇らしき人物の肖像を燃やす映像作品
これらの作品が、政治的メッセージ性が強かったことには多くの人が納得するだろう。日本国民の感情を害するといった主張は一理あるなというのが私の感想。

参考:河村たかし名古屋市長による声明

大村知事・津田氏は間違っていたのか?

税金を使ったイベントで、このような反日ととらえられるような作品を展示することが問題であったのだろうか。反日という点だけで、この展示が開催されたことを否定するのは、安易な考えだと思う。「表現の不自由展・その後」が目指していた、表現の自由の限界や慰安婦像の問題点を社会に提起することには、一定の社会的意義があり、芸術として評価されるべきと私は思う。

愛知県民の総意として、大村知事はやめるべきというなら、リコールされても仕方ないと思うが、個人の意見としては、指摘された後の対応・発言に不適切な点があったにせよ、大村知事をリコールする必要性はないと考える(あいちトリエンナーレの問題だけを争点にするなら)。

むしろ、有名な論客を集めて、大村知事をやめさそうとしている風潮を冷めた目で見ている人が、愛知県民のマジョリティーなのではないかとも思う。

行政は芸術文化にどのようにかかわっていくべきか

当然のことながら、すべての作品にはお金を出すことはできない。すべての作品にお金を出さずに、市場原理に任せるという考えもできるが、私の立場としては、人間を人間たらしめるものとして文化・芸術・スポーツ・音楽などに公金を使うことには賛成だ。

そうなると、どこかで線引きをして、公的な支援を受けられる作品・受けられない作品を分けなければならない。誰がどのように判断するのか、これらの判断基準を明確にしていくことが求められる。判断基準が橋下徹氏が提唱する「手続き的正義」に基づくものであるべきというのが、今のところの私の意見である。

「手続き的正義」とは表現の「内容」で判定するというよりも、「手続き」をきちんと踏んでいるかどうかで判定するアプローチで、政治的な表現を公金を使って支援するようなときは片方に偏らず、双方に表現のチャンスが与えられているかを重んじるという考えだ。
、今回のあいちトリエンナーレ問題をきっかけに多くの人に感じてもらいたい。

この問題を、反日かそうでないかの議論で終わらせず、芸術文化と行政のかかわり方の根本にかかわる話だということを協調しておく。